資料室便り

わが心の師 大塚一男先生を偲んで

わが心の師 大塚一男先生を偲んで

                             伊部正之(松川資料室)

 「国立福島大学が福島市内から東北線金谷川駅の東側の丘陵地に移ってくる、と聞いて驚くとともに、若干の感慨を禁じ得なかった。金谷川駅とその周辺は、デッチ上げ松川事件の“往復コース”になっていた。…」。これは私の定年退職に当たって大塚先生が書いて下さった「松川の闘い ―回顧と課題―」の中の一文です(福島県松川運動記念会編『松川の闘いが遺したもの』2007年9月、33頁)。そして、福島大学が金谷川の現在地に移転統合を完了するのは1981年春のことでしたが、新しい金谷川団地は、松川事件の現場まで約2キロの距離にありました。こうして1984年6月末から、福島大学で松川事件関係資料の収集事業が始まり、88年10月31日に松川資料室が開設されました。
 さて、私の記憶では、大塚先生が金谷川の福島大学を訪れたのは4回を数えました。
 第1回(1984.10.13)は、土地制度史学会(於:福島大学)に出席して、松川分科会で「松川事件35年のあと」をご報告頂いた時でした(「松川35年」福島大学『東北経済』第77号、1985年3月)。私はここで初めて先生のご尊顔を仰ぐことが出来ました。先生のご報告は大変刺激的で、その後の資料収集にも大いに役立つものでした。資料収集活動では、出会った多くの人たちが、先生への感謝と尊敬の念を込めて「大塚先生」とお呼びしている事実に出会うことになりました。
 第2回(1995.11.1)は、私の提案(講師と演題)で福島大学地域研究センターが先生を研究会にお招きして、「戦後50年と松川事件」をご講演頂いた時でした(『福島大学地域研究』第7巻第3号、1996年1月)。当時は松川資料室がオープンして7年が経過した時期でしたが、先生は資料室をご覧になって「この資料室は生きているネ」(よくありがちな開店休業状態に陥ることなく活動を続けているという意味)という感想を話され、私たちの資料活動に対する信頼を深められたようでした。
 第3回(2007.1.23)は、私の定年退職に際しての最終講義の時でした。一介の田舎教師のためにわざわざお出かけ頂いたうえ、第2部では「松川の闘いが遺したもの」という特別講演をして頂きました。冒頭に掲げた文献のタイトルがこの標題から付けられたのは、私からのせめてもの感謝と恩返しのつもりでした。当日の夜は福島市郊外の土湯温泉での懇親会にもご参加頂き、翌日は先生のご希望に応えて浅川踏切や事件現場などに同道させて頂きました。よく知られているように、先生は松川事件のデッチ上げを打ち破るために、金谷川方面を足繁く歩き回わられました。特に金谷川駅近くに畑を持つ2人の農家の方については先生も繰り返し話題にされており、私はそのお宅の所在を確認して機会を用意しましたが、残念ながら再訪が実現しないままになってしまいました。
 第4回(2009.10.17)は、松川事件発生60周年記念全国集会(於:福島大学)で、大塚先生には記念講演「松川闘争60年に思う」を語って頂きました。この時は先生のご健康を気遣って奥様も同道され、ご夫妻で松川資料室と特別展示室を丹念にご覧頂きました。
 ところで、私は松川資料の収集活動の中で、事あるごとに大塚先生のご指導を仰いできました。先生からは多くの著書・論文・エッセイなどをご寄贈・ご紹介頂きました。先生がお書きになった文章は、初めは正直言って少々難しい、堅苦しいと感じたこともありましたが、いつの間にか大変読み易いものに感じるようになりました。また、先生が演壇に立たれるという案内が届けば、私は必ず出席して拝聴するように心掛けてきました。逆に、私が東京方面で放談するという情報をつかんだ先生の方も、つとめて出席して下さいました。ある時は、渋谷駅のハチ公前で待ち合わせて、夕食をご馳走して頂いたこともありました。私の方は、先生の求めに応えて、講演記録・法廷陳述・雑誌論文・新聞投稿などのコピーをお届けしてきました。1963年2月15日の松川再上告審口頭弁論で、大塚先生は弁護団討論の結びとして「弁護団答弁の総括」を述べられましたが、なぜか先生のお手許にはその記録がなく、私の方で用意してお届したところ、「これで全部揃った」と大変喜んで下さいました。多分これが最後のお手伝いだったと思います。
 そして、私にもっと自由な時間があれば、ぜひ先生のもとに馳せ参じて色々と教えを請いたいと常々願っていました。先生もまた折に触れて、是非ゆっくり話をしようと仰って頂いていましたが、あァそれなのに、もはや全てが叶わぬことになってしまいました。先生の訃報に接した時、私はまさに“巨星墜つ!”の感を禁じ得ませんでした。
大塚先生、長い間お付き合いとご指導を頂き、本当にありがとうございました。 合掌

〈付記〉大塚一男弁護士(1925.3.23~2011.9.3) …元松川事件主任弁護人
2012.4.7「大塚一男さんを偲ぶ会」が開催され、下記の追悼文集が配布された。
本稿はその『大塚一男さんを偲んで』(同文集刊行委員会編)に掲載された。