資料室便り

事件の全体像を解き明かす資料集

事件の全体像を解き明かす資料集

                          伊部 正之(松川資料室)

 1949年夏に国鉄の線路を舞台に発生した下山・三鷹・松川事件は、占領政策の転換期を象徴する“黒い霧”事件として、戦後史を大きく右旋回させる分水嶺となった。この3つの事件は、その内容が順を追って凶悪の度を増すことによって、世人をますます恐怖に陥れた。有人旅客列車を脱線転覆させた松川事件では、無実の国鉄・東芝労働者20人が逮捕・起訴され、14年・5審を経て全員の無罪がようやく実現する。
 さて、松川事件の現場に程近い福島大学では、84年から関係資料の収集事業が開始され、88年に「松川資料室」が開設された。松川資料室は、現在では公称10万点の資料を集積するに至っている。そして、この貴重な資料を通じて、次のような事実を再確認することができる。
 この松川裁判では、やや先行した三鷹事件の経験に学んで手製の公判記録の作成が取り組まれ、それが法廷活動や宣伝・支援活動などに活用された。また、そうした公判記録や判決文は、その後の控訴趣意書・上告趣意書の作成などにも不可欠な資料であり、これを可能な限り正確に整備し、大人数の被告や弁護団に行き渡らせるための血の滲むような苦闘が展開された。松川事件や松川裁判が明らかな冤罪事件であったことは、裁判所も認める公知の事実となっている。
 こうした冤罪裁判を打ち破って公正裁判を実現し、無実の被告たちを救出したのが、松川運動と総称される大衆的な裁判批判と被告救援の運動であった。整備された公判記録や、裁判の進行に並行して生み出された被告団・弁護団・救援運動の膨大な活動記録は、松川事件・松川裁判・松川運動の実態を解明するための最も重要の手掛かりを、後の世代の私たちに提供してくれている。
 そしてこの度、「三鷹事件」裁判関係資料集が整備され、公刊されることは、この間の松川資料室の経験に照らしても、極めて意義深いことと思われる。この資料集の公刊によって、とかく謎の多かった三鷹事件裁判の真実を解明し、三鷹事件の全体像をさらに深く解き明かすための最も確実な前提条件が与えられることになる。
 この資料集の刊行のために献身的に努力された関係者の皆さんに対して心からの敬意を表するとともに、この資料集が広く普及され、活用されることを心から願う次第である。
                    (福島大学名誉教授・松川資料室研究員)

〈付記〉本稿は『「三鷹事件」裁判関係資料集』(DVD‐ROM版、不二出版、2010年1月)の刊行に向けた同名の宣伝用パンフレット(2009年12月発行)に掲載された推薦文である。本書の刊行にあたっては、松川資料室所蔵の三鷹事件関係資料も提供されて、役立てられている。